topics ●「こんな人がいた!」第1回 |
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観光鳥瞰図と吉田初三郎 |
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水平線のかなたに実際に見えもしないハワイを書き込むことに、どれだけの意味があるか、と問われると、答えるのが難しい。当時の庶民の通例どおり、尋常小学校を卒業するとすぐに友禅図案師の元で丁稚奉公に就き、ついで京都三越図案部で職工として勤める。 これらの経験が、初三郎絵図でのボカシやグラデーションなどの技法や、ベージュ・丹青・薄紫などの独自の色彩感覚を与えたということも十分に考えられる。 21歳の時に日露戦争が起こるが、丙種合格であった初三郎は 輜重輸卒(軍隊の後方輸送任務に当たる兵士)として従軍。除隊後初めて正式の絵画教育を受けることになる。初三郎23歳、極めて遅い、正式な美術教育のスタートであった。 上京して東京白馬会(黒田清輝・久米桂一郎らが結成した美術団体)で洋画を学び始めた初三郎は、25歳の時京都に戻り、関西美術院で改めて洋画修業を再開する。ここで院長の鹿子木孟郎(かのこぎたけしろう)に出会ったことが、初三郎の一大転機となった。 当時フランス留学を終えたばかりの鹿子木は、ベル・エポックのパリで、後期印象派の絵画だけではなく、ガレやミュシャに代表されるアール・ヌボーの空気をもたっぷりと吸い込んで帰朝していた。アール・ヌボーという様式は、絵画だけでなく、むしろ工芸や建築などを中心とし、商業美術の評価を高めた点でも知られている。 初三郎は、師・鹿子木から「洋画界のためにポスターや壁画や広告図案を描く大衆画家となれ」と指導を受け、デザイナーとして職業生活をスタートさせた。 こうした初期の作品が、さまざまな特徴を持った「初三郎式絵図」へと進化する上で、大正2(1913)年、29歳の時の油屋熊八との出会いが大きい。 当時、別府・亀の井ホテルの社長であり、アメリカ帰りの熊八は、彼の地で流行していた「ツーリズム」にいち早く注目。日本へ大衆観光を導入しようと、着々と手を打ち始めた頃であった(ちなみに、「観光」ということばが「ツーリズム」の訳語として用いられ始めたのも、この時期のことである)。 観光道路の整備、観光バスガイドの導入、観光コースの設立、多角的な広告・宣伝等、熊八の「リゾート開発」は、事業という面でも、この産業の将来性という面でも、初三郎に「観光」というものに目を開かせるのに十分な刺激であった。 「観光」のポイントはデフォルメによって強調する、「遊び」を入れることによって観光の楽しさを、絵図の上でも演出する、等々。 「事業としての『観光』は現実主義でやらねばならぬが、お客さんには『観光』の楽しさ・面白さを十分に味わってもらわねば」 そのように二人の意見は一致し、これからの日本の観光について、夜を徹して語り合ったことだろう。 この絵図は、初三郎の意図どおり、大正期の観光ブームとともに人気を呼び、一説によれば年間50から100作もの量産を見たという。大正10(1921)年、彼は大正名所図絵社(後にバーザイビュー社、観光社と改名)を設立。多くの門弟を抱えて、工房組織で量産を行う体制に入った。 観光ブームとともに、初三郎人気を煽ったのは、大阪を中心に行われた大新聞による部数獲得競争である。 まず大阪朝日新聞が初三郎を起用。『関東震災全域鳥瞰図絵』を折り込み付録として各戸に配布する。 次いで、本山彦一を社長とする大阪毎日新聞も、初三郎を起用。こちらは『日本鳥瞰九州大図絵』『日本鳥瞰中国四国大図絵』を新年号の付録として配布する。 以後、観光・交通・地方自治体とともに、新聞社も初三郎の重要なスポンサーの一つとなるのである。 まず、観光産業が制限を受け、次いで、防諜の観点から鳥瞰図の制作・頒布が完全に禁止となった。以後、少数の例外を除き、初三郎式絵図の新作は人々の目に触れることはなくなり、彼自身も昭和15(1940)年には、絵はがき作家へ転身せざるをえなくなった。 昭和20(1945)年、戦争が終わった。 北海道の各市町村から、鳥瞰図の依頼も数多くくるようになった。けれども、初三郎の筆には、もはや最盛期の冴えは見られない。 昭和30(1955)年、大病の末、初三郎はその生涯を閉じる。 そして、現在。観光鳥瞰図の主流は、ボルマン流の平行透視図法に移った。幾何学的な図法に基づく鳥瞰図は、それなりの整然とした美しさはあるものの、どことなくよそよそしい。 一方、われわれの心を和ませる、初三郎流の「遊び心」に満ちた絵図を見ることは少ない。 けれども、近年、初三郎絵図復活の兆しが見られることも事実である。平成11(1999)年には、大阪府堺市立博物館で大規模な回顧展が開かれた。 その背景には、こんにちの幾何学的な鳥瞰図に見られる「無機的なもの」に飽き足りない思いや、初三郎絵図の根底にある「自然との共生」を感じさせる美学への親近感が示されているのではなかろうか。 |